人形佐七捕物帳078
呪いの雛人形、勘当娘の幽霊、美人娘の確執
「雛の呪い」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳五」）
春陽堂書店
尾張屋で
雛祭りの夜に起きた事件。
それは白酒に毒が盛られ、
主人･四郎兵衛とその二人の姪･
お鶴とお亀が
重体になったというのだ。
佐七が取り調べると、前の晩、
飾ってあった雛人形が踊り出し、
若い娘の幽霊が
現れたのだという…。
人形佐七捕物帳第七十八話です。
この人形佐七捕物帳、
季節の風物を怪談調に仕立てて
筋書きを組み立てるものが多く、
この一話は三月三日の雛祭りを
素材にしています。
なんと由緒ある作の雛人形が
夜中に踊りだし、
若い娘の幽霊まで現れるのですから
ただ事ではありません。
佐七はどう解決するのか?
【捕物帳〇七八｢雛の呪い｣】
尾張屋四郎兵衛
…横山町の質両替店の主。
美濃出身者を極度に嫌う。
お鶴
…四郎兵衛の姪の一人。
曲者に襲われたと辰･豆六に訴える。
二十一歳。美人。
お亀
…四郎兵衛の姪の一人。十九歳。
美人。跡取り娘と決まっている。
利兵衛
…尾張屋番頭。
踊り出す雛人形と幽霊を目撃。
お松
…尾張屋女中。顔に醜い痣がある。
お町
…二十年前に勘当された
四郎兵衛の一人娘。消息不明。
幽霊として目撃される。
池貝新三郎
…二十年前、お町とともに
駆け落ちした浪人。美濃出身。
清十郎
…生薬屋の美濃屋の一人息子。
お亀と駆け落ちする。
辰･豆六…佐七の乾分。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
雛人形の呪いと勘当娘の幽霊
夜中に踊り出す雛人形。
怪談というよりもむしろ西洋の
｢くるみ割り人形｣の逸話か
｢おもちゃのマーチ｣といった
ユニークな雰囲気が
感じられてしまうのですが、
そこに幽霊が加わるのですから、
やはりおどろおどろしが勝ります。
雛人形は尾張屋の家宝であり、
代々総領娘に譲られるという
由緒ある逸品。
一方、幽霊の姿は二十年前に勘当された
四郎兵衛の一人娘･お町に
ちがいないというのです。
総領娘でありながら
美濃出身者の浪人に恋したために
勘当され、
行方不明となっていたのです。
やはり幽霊が雛人形を操っていたのか？
まずはこのおどろおどろしさを
味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
美人娘の確執、悪はどちら？
物静かなお鶴と少しはすっ葉なお亀。
二人の美人で年頃の娘は、どうやら
あまり仲が良くはなさそうです。
お鶴は曲者に付け狙われ、
辰･豆六に助けを求めます。
そして雛祭りの日に
何か良からぬことが起こることを
予感しています。一方、
総領娘として認められているお亀は、
生薬屋美濃屋の一人息子に
惚れ込んでいて、
どうやらお町の二の舞になりそうな
気配が漂います。
外部の人間が毒を持った可能性は低く、
かつ尾張屋の使用人で怪しい行動が
描かれている人物もいないため、
二人のどちらかが下手人である
可能性が高いのです。
一体どちらが悪人なのか？
次にはこの謎解きを
十分に味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
なぜか動かない佐七の名推理
毒盛り事件の後の現場検証に向かった
佐七ですが、
お鶴とお亀が言い争っている場面に
居合わせたにもかかわらず、
まったく踏み込まずに退散しています。
お鶴は前日も狙われているのですから、
お亀をしょっ引いても
いいはずなのですが、
なぜか今回の佐七は
動きが今ひとつ重いようです。
佐七は何を考えているのか？
最後に見事謎を解き明かす
佐七の名推理を存分に堪能しましょう。
大店の跡継ぎを巡る
娘どうしの争いというと、
後の｢犬神家の一族｣の
松子･竹子･梅子の確執を
彷彿とさせます。
総領娘に譲られる雛人形は、
さしずめ斧･琴･菊の
三種の家宝につながるのでしょうか。
行方不明の娘･お町の存在も
横溝得意のパターンです。
また、顔に醜い痣のあるお松は、
｢悪魔の手毬唄｣の里子にも似ています。
本作品はまだ戦火の止まぬ
昭和20年3月に発表されたものであり、
探偵小説の執筆が禁じられた横溝が、
捕物帳で糊口をしのいでいた時代の
作品です。
戦後一気に花開く
金田一耕助の傑作群の素材が、
このときすでにいくつも
横溝の脳内に蓄積されていたことを
うかがわせます。
人形佐七の素敵な一品、
ぜひご賞味ください。
（2023.3.3）
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